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交換留学プログラム

 

私を大きく変えた留学

 私は、2012年3月から半年間、韓国の成均館大学校に留学をしました。私が留学に至った経緯や留学生活などについてご紹介します。

 私が韓国語に興味を持ったきっかけは、中学生の頃に見た韓流ドラマです。最初はストーリーの面白さに惹かれましたが、字幕の放送を見るうちに、韓国語の日本語と似ている単語や発音に興味を持ち、韓国語を勉強してみたいと思うようになりました。ドラマに登場する日常の風景から、食べ物や建物、考え方など、文化についても知りたいと思いました。しかし当時私の周りでは韓流ドラマ=おばさんがハマるもの、という風潮があり、また近くに韓国語を習える教室がなかったために、私は韓国への興味を隠しながら過ごしていました。

 数年がたち、大学へ入学すると、教養科目として韓国語の授業がありました。ようやく韓国語を習えることが嬉しく、1年生の前期には韓国語の授業を3コマ取りました。そしてある日の授業の際、先生から、夏休みにある3週間の短期留学プログラムの紹介を受けました。しかし、その時は、語学力もまだ身についておらず、そもそも留学なんて私とは縁のない話だと思っていたので、申請はしませんでした。

 2年生の前期には韓国語中級を取りました。そのとき、一緒に受けていた学生の中に、1年生の夏休みに3週間プログラムに参加し、2年後期に留学予定だという女の子がいました。授業でその子が私にはわからない文章をすらすら読んでいるのを見たとき、憧れとともに焦りを感じました。私も、中途半端に韓国語を少しだけ知って満足するのではなく、もっと分かるようになりたい、話せるようになりたいと思いました。その年も先生から3週間プログラムのお知らせを受けました。私はとにかく韓国に行ってみたいという気持ちで、半分旅行気分で申し込みをしました。

 3週間プログラムで行った韓国は、私にとって初めての外国であり、ハングルの表示や看板を見るだけで、とても興奮しました。授業では、韓国語で韓国語を習いました。初めてのことだらけでワクワクしましたが、楽しいことだけではありませんでした。語学堂の先生は簡単な単語や文法だけ使ってお話をしてくれますが、学校の外ではそうはいきません。寮の近くのスーパーでは、洗剤一つ買うのにも苦労しました。そんなとき、自分の能力の低さを感じ、しかしそのぶん、一生懸命話した言葉が通じたときには、大きな喜びを感じました。また私の拙い韓国語を必死に聞き取ろうとしてくれる人、困ったときに助けてくれる人、観光に連れて行ってくれる人など、多くの温かい人々に出会いました。全体を通して3週間プログラムは、私にとってとても楽しく、貴重な経験となりました。このプログラムをきっかけに、私の学習意欲は一気に高まりました。一緒に行った11人が優秀な人ばかりで、韓国以外の国への留学経験者がいたことも刺激となり、私は長期留学を決意しました。

 留学期間は卒業のことを考えて1年ではなく半年にしましたが、それでも3週間に比べると半年はとても長く、果てしない期間のように思っていました。

 3週間行ったとはいえ、2回目の韓国も、初めてのことだらけでした。長期留学ということもあり、前回以上に本格的に生活をするために、面倒な手続きがたくさんありました。具体的には、3週間の際には不要だったビザ取得や外国人登録、奨学金を受け取るための銀行口座・通帳作り、携帯電話の契約などです。そういった機関では、やりとりは韓国語か英語です。また単語も専門的な用語なので、英語がほとんど話せない上に韓国に到着したばかりの私の語学力では到底理解できず、苦労しました。しかし私たちが困ったときには、岡山大学に3週間留学に来ていた韓国人の友人が、親切に助けてくれました。韓国の人々は、他の人によくしてあげたいという気持ちが強く、また人と人との距離が近いため、誰かが困っていれば自分のことのように親身になってくれます。このときもまた、温かい心に触れました。

 約1カ月が経ち、少し生活にも慣れ始めた頃、MTと呼ばれる学科の旅行があり、私たちは漢文学科のMTに連れて行ってもらうことになりました。その頃私は日本語を学習している韓国人学生としか出会ったことがなかったので、まだ自身の語学力にも不安があるなか、日本語がほとんどわからない学生たちと旅行に行くことは、楽しみよりも不安が勝っていました。実践的な韓国語がほとんど話せないということに気後れし、なかなか自分から話しかけることができない私たちに対して、漢文学科の学生たちは気を遣ってレクリエーションの際に話しかけてくれたり、夜の飲み会でゲームを教えてくれたりしました。そこである同い年の女の子と仲良くなり、その子とは帰国した今も連絡を取り合うほどの仲になりました。

 宿泊施設が日本の修学旅行では普通使わないような少し粗末な場所であったことや、最終日には男女が同じ部屋で雑魚寝をすることなど、カルチャーショックもありましたが、思い返してみれば、韓国の文化体験の良い思い出となりました。

 3月の終わりからは、語学堂の授業が始まりました。語学堂には、高校生から70代のおじいさんまで幅広い年齢層の方々が、日本や中国をはじめ台湾、インドネシア、モンゴル、チェコ、フランスなど様々な国から韓国語を勉強しに来ていました。また私たちは交換学生として留学したので、韓国語学習目的ではなく研究目的で来ている他国の交換学生とも交流する機会がありました。語学堂の生徒や交換学生は、能力の高い人ばかりでした。第一に英語を不自由なく話せることが当然の前提としてあり、韓国留学後にイギリス留学の予定がある人であったり、小説家だったり絵が上手だったり映像の編集が上手だったり、個性的な人々に出会いました。文化によって一つの状況に対する考え方や対処のしかたが全く違っていて、とても良い刺激となりました。

 そんな中でも、オーストラリア在住の中国人の女の子と特に仲良くなりました。その子は、英語、中国語はもちろんのこと、韓国語もとても上手でした。人懐っこい子で、出会って1か月も経たないうちに、一緒に旅行にも行きました。会話はすべて韓国語でした。生まれ育った環境が全く違う外国の人と、ある言語を使ってコミュニケーションをとれるということが、とても嬉しかったです。

 岡大から一緒に留学した5人でも旅行に行きました。釜山の海雲台や太宗台に行き、美しい景色やおいしいご飯を堪能しました。

 授業に関して、私たちは、語学堂の授業のほかに、成均館大学の学生が取る専門授業も受講しました。こちらは、内容が専門的で、先生も語学を教える先生ではないので、早口で難しい単語も多く、内容理解の前に先生が何をお話しているのかを聞き取るところでつまずいてしまいました。語学力が身についていない段階で専門授業を受けることは無謀なことのようで、無意味に感じたりもしましたが、それでも、必死に食らい付こうとする気持ちが出てきたり、うっすらとでも、韓国の専門授業を理解できたことは、やはり意味があったと思います。

 韓国の街並みに関しては、私が行った成均館大学の周辺は基本的には都会でしたが、すぐ近くに宮殿があったり、昔の家屋がそのまま残っている村があったりと、伝統的な雰囲気も感じることができました。

 食に関しては、やはり辛い食べ物が多くありました。最初は辛くて食べられないものもありましたが、半年間で辛いものには大分慣れ、最初食べられなかったものも平気で食べられるようになりました。また韓国は大きな器からみんな一緒に食べるものが多く、基本的に、量は人数分より多めです。美味しい食べ物がとても多くて、半年間で3、4キロ近く太ってしまいました。

 留学を終えて成長した点は、やはり一番は語学力です。日本語がほとんど通じない場所で生活をするので、否が応でも聞き取り能力が伸びます。話す能力については、外向的な人は外国人の友達をたくさんつくってたくさん遊ぶので伸びが著しいように思います。私はあまり外交的なタイプではありませんが、それでも、3、4カ月頃から自分の伸びを実感できるようになりました。

 8月の3週間プログラムに今年も参加しましたが、2年の夏休みには下から2番目のクラスだったのが、半年の留学をほぼ終える頃である今年の8月には上から2番目のクラスになり、さらにそのクラスの成績最優秀賞を受賞しました。

 精神面では、たくましさを身につけました。日本のように制度や衛生面がきちんとしている国はなかなかありません。潔癖症では、海外で生活していけません。そういう意味で、細かいことをあまり気にしすぎなくなったと思います。さらには文化が違う様々な国の人々と出会ったことにより、私の常識が相手にとっては非常識であったり、相手の常識が私にとっては非常識であったりしました。この経験を通して、自分には不思議に思えることに対しても、自分の価値観を押し付けるのではなく、文化の違いとして受容する心の余裕が出てきたと思います。

 海外に出たということ自体も、私を大きく変えました。井の中の蛙であったのが、少し、社会、あるいは世界を知ることができました。社会に出れば自分でしなければいけないことを、大学生のうちに経験できたことは貴重な財産になりました。また、よく、社会は甘くない、といいますが、意外と、甘い部分もあるのだということも知りました。完璧で抜け目なく思える公的機関でさえも、抜け目はあり、ミスで相手を困らせることもあります。そうして、大きな世界の良い面も悪い面も含めて自分の目で見ることができたということは、今後社会に出るための準備として役立つと思います。

 また広い世界を知ったことで、自分の無知を知りました。まだまだ私が知らないことがたくさんあります。自らの無知を知ったことで、もっと知りたいという向上心が生じました。無知であるということは伸び代があるということなので、今後の成長につなげていけると良いと思います。

 また奨学金が出ることは、このプログラムの大きな利点です。私が受け取っていた奨学金では、半年の生活費すべてをまかなうことはできませんでしたが、それでも、他の学生や社会人などは奨学金無しで来ている人がほとんどでした。時間を割と自由に使える大学生のうちに行くことも重要なポイントだと思います。私が会った社会人のなかでは、会社を辞めて留学に来ているという人が多くの割合を占めていました。就職してしまうと、自営業や親の会社でないかぎりなかなか自由に留学はできないと思うので、やはり学生のうちに行ってよかったと思います。

 反省点として、私たちは岡大から5人で留学したので、5人でいる時間が長くなりすぎてしまったということが挙げられると思います。仲が良かったので5人でいることは楽しかったですが、その分、甘えが出て日本語で会話をし、韓国語の成長が遅れてしまった気がします。また休みの日にずっと寮で時間を無駄に過ごしてしまったこともあるので、日本人といる時間や寮にいる時間をもう少し韓国人の友達と過ごす時間に充てていれば、もっと伸びていたのではないかと思います。

 私の場合内向的な性格もあり、消極的だったことも、反省点だと考えます。韓国語ができないから一人では不安だとか、英語ができないからこの人とは会話ができないとか、そういった物怖じが可能性を狭めました。言葉が通じなくても、ある程度はコミュニケーションがとれます。思いもよらないところで縁が繋がったりもします。たいていのことはなんとかなるので、物怖じせずどんどんチャレンジしてみても良いと思います。

 しかしこういったことを経験したからこそ、積極性や行動力が身についたと思います。日本に帰ってからも、いろんなことに一人で挑戦できるようになったり、いろんな誘いに積極的に参加してみたりするようになりました。

 韓国で過ごした半年は長いようでとても短く、帰国してすぐ、また行きたいという気持ちが大きくなりました。また機会があれば、次は一人で、韓国に留学してみたいです。

 皆さんも、迷っているなら、ぜひ行動してみることをお勧めします。

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