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交換留学プログラム

 

韓国への留学を通して

 高校生の頃、わたしは日本語や英語以外の言語に触れる機会があるとは想像もしていなかった。英語でさえも授業や受験で使用するくらいで、好きで接するという機会が来るとは考えもしなかった。大学に入り第二外国語というものを選択するときも韓国語を選んだことに確たる理由はなく、勉強しやすいから。単位がとりやすいから。と、学ぶことより単位に興味があるというよくいる大学生だった。大学一年生のときも留学する人はごく稀で、特殊なことだろうと他人事に考えていた。

 後期の授業も終わるころに、陳先生からキャンパスアジアプログラムで留学生を募集していた。そのころ大学生活に小さな不安や不満を抱えていた。授業に出て、サークル活動をして、友達や恋人と遊んで…といたって普通の大学生活だったのだが、このまま同じ生活を繰り返して卒業するころに自分には何が残っているのか、4年間で何が得られるのか、という漠然とした不安だ。そこで、その留学の話を聞いたとき「行ってみたら何か変わるかもしれない」「人とは何か違ったものを得られるかもしれない」という小さな希望にかけて応募してみた。家族を始め、友達、先輩など周囲の人々は留学に賛成し、後押ししてくれたことがとても有難かった。しかしキャンパスアジアとして第一回目の派遣ということで分からないことだらけだった。それは一緒に留学した友人や送り出ししてくださった先生方もそうだったのだが、家族に内容や詳しいことを聞かれても説明することが出来なかったので、相当心配をかけていたはずだ。今回私たちが体験した内容が以降の派遣される学生たちの不安などの解消材料に役立ってもらえれば幸いだ。

 韓国に到着すると、2月に3週間成均館大学から岡山大学に留学していた学生が3人迎えに来てくれていたので、安心してIhouseに着くことが出来た。3週間プログラムで出会った学生たちは一年間の留学生活でたくさんわたしたちの面倒を見てくれて、とてもいい出会いが出来たと感じた。Ihouseはルームメイトと2人部屋であり、最初のルームメイトはフィリピンの女性だった。歳を聞くとわたしより年下の17歳、そして成均館大学の1年生だそうだ。フィリピンの人は公用語が英語であり、その人は韓国語も出来ていろいろ話しかけてくれたのだが、わたしは大学入学レベルの英語しか出来ず、韓国語も一年間勉強したにも関わらず全く実力が無かったので、彼女が出ていく2か月の間ほとんどまともに会話することもままならかった。それなのにIhouseを出て行ったあとも何回か2人で食事に行くなどし、そのたびに韓国語が上達していることを褒めてくれた。その後、日本人、伝マークの女性と順番にルームメイトが変わるのだが、どの人とも関係が良好でいい出会いであった。日本人の女性とはたった1ヶ月足らずであったが、わたしが帰国したのちに遊びに行く約束をして別れたので、春休みの間に会いに行く予定だ。デンマークの女性は英語はもちろんながら、ドラマやアーティストなどで韓国語と日本語を聞きとることが出来たので、彼女が英語で話し、わたしが韓国語と日本語、そして練習のためにつたない英語で話すという傍から見るとおかしな光景で会話をしていた。そのおかげか、わたしの英語に対するリスニング能力は少なからず上がったのではないかと自負しているし、もっと英語で今まで喋れなかった人達と会話をしてみたいと思い岡山大学に戻ったら文学部にある英語の副専攻過程も履修しようと決めた。そして韓国に多く留学している中国人とも多く接する機会があり、分からないことは漢字で伝えあえるという素晴らしい体験をしたため、中国語にも興味が湧いた。他の言語を単位のためではなくコミュニケーションツールの一環として学びたいと感じたのはこの留学の内の大きな成果の一つではないだろうか。

 言語もさることながら、わたしの精神的な面に関しても大きな変化を与えてくれた。成均館大学の語学堂には国も様々であるが、年齢層も多様である。わたしは最年少のほうであったが、日本から70歳を過ぎたおじいさんも韓国語を学びに来ていた。わたしも年を取っても学び続ける能動的で挑戦できる心を持ち続けたいと強く思った。また一回仕事に着いたのちに、留学費用をためて来た人も多くいた。その人々から仕事の大変さや裏事情といった興味深い話を聞かせてもらった。旅行会社につとめていたお姉さんと一番仲良くなったのだが、日本全国世界各国を添乗した経験話はわたしの常識を超えるものが多くあり、大変おもしろかった。またいくら年上であろうと人の精神年齢は実際の年齢とは関係がないものかもしれないと感じることもあった。それは成人を迎えていないほどなのに、自分より相手のことを思いやることのできる人もいれば、一般的には大人として生活をしている年齢の人が、どうしても自分の意見を通さなければ気が済まないと言ったように、年齢というより人間性そのものであった。特にトラブルに直面する機会は無かったが、語学堂という組織はせまいもので、級を超えても耳に入ってくる話は少なくなった。

 わたしは語学堂を、1級から始めた。大学一年生の間、韓国語総合で勉強していたにも関わらず1級から始めることになったのは、当時はとてもふがいないと思ったが、履修しおえてみると、細かい文法や使い分けの状況を知ることが出来たため結果的にはとても自分自身の力となった。2級は夏休みであり、語学堂に通うことが出来なかった。そのことは事前に聞いておらず、とても残念だった。そのため、夏休みの間、友達に2級のプリントや資料を貸してもらい自分で勉強し、夏休み後半の3週間プログラムでは実質的に2級の後半からまた習うことが出来た。そのため正規の語学堂に戻った際には3級からスタートすることが出来たのだ。しかし3級からスタート出来たものの、周りの人との差は歴然だった。絶対的に語彙力が不足していたのだ。やはり語学堂では生きた単語を倣うことが出来るが、独学ではその内容はどうしても偏ってしまう。3級の内容は、文法的にも単語量としても6級中で一番しんどいと言われている。テスト前には図書館に一日中こもったり、夜遅くまで宿題やPPT作りをして、大学生活の中で一番勉強したと実感する。修了式の時に優秀賞と努力賞というものがあるのだが、優秀賞に一番仲が良かったお姉さん、そして努力賞ではわたしが呼ばれた。その際に1級のとき担当してくださって先生も本当に驚いていて、一緒に留学した友達も喜んでくれたため、頑張った達成感でいっぱいだった。最後の4級でも同じお姉さんが優秀賞、わたしが努力賞を受け取ることが出来て、頑張れば頑張るだけ実力が伴ってくる楽しさを知った。実際のところ4級の期末テストが行われる前日に、実家で10年以上飼って来た猫が死んでしまったのだ。留学直後から腎臓が悪いことが発覚し、どうにも治る見込みがないらしく、進行を遅らせわたしの帰国に間に合うように、と両親が猫を看病してくれた。そのためわたしも一刻も早く日本に帰りたい気持ちもあった。看病の甲斐なく帰国1週間前に死んでしまいテストの前日も当日もすごく辛い気持ちでいっぱいだったが、周りの配慮に触れ落ち込んでばかりいられないとテストに集中することが出来た。病気と闘ってくれた猫にも両親にも感謝しなければならない。

 一年間の韓国での生活を振り返ってみると、前期は韓国に慣れ生活するのに精一杯と言う感じだった。まだまだ慣れない韓国語に囲まれ、連続3時間の専門授業では目が点になり、家に帰ってベッドで失神したように寝るという日々の繰り返しだった。毎日「心ここにあらず」といった感じだった。しかし夏をきっかけに人と関わる楽しさを知った。それはISSプログラムで出会った中国人でありながらオーストラリアから来た女性との出会いだ。わたしと同い年でありながら、中国語、英語、韓国語を操っている。どうやって韓国語を習得したかというとドラマをよく見たらしい。しかしドラマだけでは綴りとか文法は誤りやすいはずであるから、きっと自分でも勉強したのだろう。その人と岡大から留学したわたしたちと4人で日帰りの旅行に行ったのだが、彼女の行動力にわたしたちは驚嘆した。そしてさばさばとした彼女の人間性にも惹かれた。ISSプログラムは1ヶ月たらずで終わってしまうのだが、そこで出会った友達とは必ずまた会えるという確信さえも持っている。そして後期を迎え韓国語を操る楽しさも徐々に分かってきたため、日々の生活にゆとりがもてるようになった。直接帰宅していた生活から変わり、語学堂のクラスメートと夕飯を食べにいったり、映画を見に行ったり、カフェに行ったりと留学生活を楽しむようになったのだ。後期になってから学校の近くにあった映画館でたくさんの映画を観た。決して全てを理解できるわけではなかったが、俳優さんの演技力にたすけてもらいながら楽しむことが出来た。なんといっても韓国は映画を8000W程度で観ることが出来る。日本では1500円もかかってしまうのに… そして1+1という、2人で8000Wというとてもお得なキャンペーン期間中には同じ映画を2,3回観たりもした。そして後期にわたしを担当してくれたチューターさんは、とても面倒見がよくわたしに合せたレベルの韓国語で会話をしてくれ、また歴史的な建造物がある場所に連れて行ってくれるなど韓国でしか体験できない様々なことを体験させてくれた。そのような出会いもあり韓国に対する理解が深まった。

 韓国で生活してみると日本の律儀正しさだったり決まり正しさというものが実感できる。韓国はとてもラフな面が多い。店の店員さんは自分の好きな曲を好きなタイミングで流し、携帯電話でやりとりをしている。飲食店では客のすぐ横でまかないを食べたりチュッパチャップスを舐めている。事務的な内容のことも結構適当なのだ。適当というか、あまり皆重視していない。そのためゴリ押しすれば、意見を通すことも可能だ。日本人が外国に出て、よく実感することをわたしも実感したというわけだ。そのわりには上下関係が厳しいのも韓国の特徴である。目上の人に対する敬語が日本よりはるかに厳しいと感じた。また、専門の授業に出席して感じたことは、学生のプレゼンテーション能力の高さだ。日本の大学では目にしたことのないレベルの高さだった。内容を全て頭に記憶しているのだ。質疑応答もかなり鋭いものが多い。内容を記憶し、自分の言葉で紬だし、鋭い質疑応答に答える。それは発表内容の何倍も下調べをし勉強をしなければ出来ることではないだろう。中央図書館にはいつも学生が出入りし、24時間自習室にも必ずだれかがいる。わたしを始め日本人はこれを見てすごいと感じ見習わなければならないと思うだろう。その一方で、韓国人に聞いてみると日本の部活動やサークルといったものがとても羨ましいらしい。勉強以外のことをしてみたい…と。「隣の芝はあおい」と良く言うがまさにこのことなのだろうか。

 韓国で過ごした一年間は、わたしの20年かんでも一番中身が濃くて一生忘れることのできない一年となったことは、これからも変わらないはずだ。いろんなことをめまぐるしく体験し、帰ってきて親からは「大学に入って性格がおだやかになったと思ったけど、留学して一段と(性格的に)丸くなった」と言われた。自分にとって良好な、人との関わりを持てばどんどん角はとれていくものかと思った。韓国であろうとどの国であろうと留学は全ての人が体験するわけではない。機会があるならば悩まずに、とりあえずその機会に飛びついてみることが大事だということだ。

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