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交換留学プログラム

 

異文化交流について考える

 私が韓国に関心を持つようになったのは、中学生の頃でした。小学6年生の夏から山口県下関市に住み始めた私は、すぐにその港町独特の雰囲気に惹かれていきました。市街に散在する異国の香りは好奇心をくすぐり、色鮮やかな装飾や不思議な文字で書かれた看板を見ると、とてもわくわくしたのを覚えています。

 下関は地理的に韓国ととても近く、関釜フェリーという韓国釜山港への直通フェリーも出ているほどです。そのため、市街には韓国との交流を感じさせるものが点在していました。駅前には韓国式の装飾が施された門などがあり、その横には韓国系の商店が多く並ぶ商店街もありました。自然と韓国の文化の片鱗に触れることになった私は、その物珍しさに惹かれていきました。

 県立の中等教育学校に進学した私は、そこでも韓国に触れる機会を得ることになりました。開校一年目であったその学校では、週に一度東アジア文化入門という授業の時間をとり、中国と韓国の文化を学んでいました。内容は衣食住についての説明や基本的な挨拶表現の紹介など簡単なものでしたが、中国や韓国をより身近に考えるきっかけになったように思います。高校1年生からは、中国と韓国のどちらかを選択して語学を学ぶことができました。私は、街中でその文化に触れる機会が多くより身近に感じていた韓国を選択しました。一年間でハングルの読み方、書き方、基本的な自己紹介などを学んだだけではありましたが、韓国人の先生から直接授業を受けた経験は、とても貴重なものになりました。おしゃべりをやめない男子学生を先生が床に正座させたり、その生徒が正座をしても平気そうにしている様子を見て不思議そうにしていたりなど、文化の差を感じる出来事がたくさんありました。こういった経験を通して、異文化交流の魅力を感じるようになりました。

 また、山口県では、韓国との距離が近いということもあってか、県全体としての交流事業も非常に活発でした。高校生の派遣事業も数多くあり、私は山口県と韓国慶尚南道の相互友好交流団に参加することができました。交流事業では、山口県内の様々な学校から集まった高校生達と共に関釜フェリーで韓国に渡り、韓国の高校生との交流や官公庁の訪問などを行いました。韓国に関心を持っている日本の高校生との対話や、日本語を学んでいる韓国の高校生との交流は、とても良い刺激になりました。私は韓国語をほとんど話せなかったので、交流は主に通訳の方を通してか、日本語でのコミュニケーションになりました。韓国では日本語を本格的に習っている高校生も多く、つたないながらも積極的に日本語で会話をしようとする姿にとても感銘を受けました。

 高校2年生で岡山に移った後は、韓国との繋がりが無いままに過ごしていました。再び韓国と触れ合う機会を与えられたのは、大学に入学して第二外国語を選択する時でした。

 その時は全く新しい言語を勉強してみたい気持ちもありましたが、せっかくの韓国との縁を途切れさせてしまうのももったいないという思いから、韓国語の講義を履修することにしました。また、大学に入って、法学を学びながら、新たな気持ちで韓国と向き合ってみたいという気持ちもありました。

 結局、語学としては韓国語初級の講義を1年間受講しただけで、専門科目の多さや単位の関係で2年目からは韓国語を勉強しないまま過ごすことになりました。そんな中、2月に韓国の成均館大学校からの留学生が来るということ、そしてその留学生をサポートする日本人学生を募集しているということを知りました。私は、語学の講義を履修しない代わりに少しでも韓国と交流をする機会を得ようと、このチューター制度に応募することにしました。

 語学をしっかり習ってから韓国の学生と交流するのは初めてのことで、初めは戸惑いが大きかったように思います。大学生ともなると、日韓間の難しい問題や国際関係についても話をすることになるかと、身構えていた部分もありました。しかし、実際には韓国の学生たちは日本語のレベルも高く、言語の壁もほとんど感じませんでしたし、基本的に日常的な軽い会話しかしなかったため、日韓関係について話すことや重たい空気になることもありませんでした。私はこういった経験を通して、日本でよく言われる日韓関係の軋轢や韓国の反日感情というものは、韓国人に対する批判的な固定観念に過ぎないものであって、実際の国民同士の間ではあまり大きな意味を持たないのではないかと感じていました。

 チューターに参加した縁で、その年の夏、2回生の8月には、成均館大学での3週間の短期留学にも参加することができました。韓国で主に語学を学びながら、韓国の文化や生活を知れた良い機会でした。そしてその次の年の2月には再びチューターとして成均館大学の学生と交流をし、さらに3回生になって9月から12月までの4か月間成均館大学へ留学をすることができました。

 私にとって、この4か月の留学は、それまでの交流とは全く違うとても大きな意味を持つものになりました。それまでの交流は、物珍しさに惹かれ、韓国を外国人の目線から興味深く観察するようなものでした。しかし、今回の留学では、4か月間という決して短くない期間、韓国語を話し、韓国の学生向けの授業を聞き、できるだけ韓国の一般的な大衆文化に触れて理解しようという気持ちで過ごしました。可能な限り日本語は使わず、生活用品も韓国で買いそろえ、韓国の学生と韓国式の食堂で食事をし、食後にカフェに行って何時間も話しこみました。時には一人暮らしの学生の家に行き、宅配のチキンを頼んでお酒を飲みながら語り合い、時には実家暮らしのお家にお邪魔して家族の方と一緒に食事をさせていただいたりもしました。そういった経験を重ねていった結果、それまで考えていた韓国とは、全く違う韓国が見えてきました。

 この4か月の留学を通して私が知ったことは、韓国には明らかに深刻な反日感情があるということでした。私はそれまで、韓国人が反日感情を持っているという考えを頑なに否定してきました。韓国を訪問し、交流事業に参加し、学生たちと直接話をした経験を通して、日本人であるという理由で差別をされたことも、不愉快な思いをしたこともなかったからです。しかし、この4か月の留学中に韓国の学生と話した内容には、明らかな反日感情が存在し、韓国の学生自身も反日感情があることを韓国人として当然のことであると認めていました。

 初めてこの話題に触れた時、私は違和感を覚えつつも深くは言及せずに聞き流してしました。話題は韓国での日本のイメージについてで、日本は歴史問題について謝罪と反省をしないので許すことができないという内容だったように思います。相手の韓国の学生は日本に関心を持って日本語も学んでいたので、基本的には日本の文化や日本人についての偏見は無いという意見でした。しかし、歴史と政治の問題については日本に良くない印象を持っている韓国人もいるという話でした。その時は軽く言及しただけで、すぐに他の話題に移りましたが、その後も対話を重ねていくうちに、理解のかみ合わない部分が目立ち始め、自然とその部分について深く議論をしていくことになりました。

 初めは、日本への歴史や政治の問題に関しての不信感はあったとしても、日本を憎むというような一方的な感情はあるはずがないと思っていました。しかし、議論を重ねれば重ねるほど、日本に対する反感や怒りの強さを否定することができなくなっていきました。韓国をより深く理解しようとするたびに反日感情の壁に突き当たり、それを認めないままでは議論を先に進めることができなくなりました。それは日本で間違った歴史教育がされているという話であったり、日本がどれだけ残虐であったかという話であったり、日本の国歌や国旗に対する不快感であったり、謝罪と反省が行われていないという怒りであったり、日本人は反韓感情を持っていて韓国を見下し冒涜しているという認識であったりしました。イチローや浅田真央など日本のアスリートに対する反感や、日本の不幸を祝う風潮、日本が領土を主張すること自体への怒り、果ては外国で失敗をしたら日本人のふりをするというジョークまで、深く話をするたびに受け入れがたい現実を知ることになりました。私は、過去の日本の首相の謝罪や一般的な国民の戦争に対する気持ちを説明したうえで、日本で韓国への侵略に対して肯定的に考える国民は少ないこと、韓国を嫌う人は日本人の中でも右翼的なイメージがあり一般的ではないこと、そして、歴史的に韓国ではたくさんの被害を受けてきたのであるから日本に対して悪いイメージがあるのは仕方がないが、これからは友好的な関係のために尽力していきたいと思っていることを伝えました。しかし、結局お互いに違和感がぬぐえないまま議論を終えることがほとんどでした。

 私の中で、韓国に反日感情が存在するということを認めることは、日本の一部で主張されている韓国に対して批判的な言論を肯定することであり、今まで培ってきた韓国への好感や信頼を失うということでした。個人的に批判してきた韓国に対する否定的なイメージを、自ら認めるということは、私にとって容易に受け入れがたいことでした。反日感情を韓国の教育や社会制度の問題に還元し、個人と切り離して考えてみたり、逆に文化の差であると考えて深く考えずに受け入れようとしてみたり、敏感な問題は生活には関係ないのであえて触れることなくやり過ごすべきかと考えたりもしました。むしろ現実から目を逸らさず、韓国は反日国家だと受け入れて批判すべきところは批判すべきなのかとも思いました。

 その後も定期的に意見を交わしながら、その学生とは会うたびこのような話をするようになりました。初めは慎重だった議論も、徐々に本音をぶつけ合うものになっていきました。そうしていくうちに、私は私が持っていた反日そのものに対する偏見に気付かされるようになりました。私は、反日というものの後ろにある事情を心から理解しようとする前に、条件反射的に嫌悪感を覚えてその先の思考を止めてしまっていたのです。しかし、韓国の学生と繰り返し議論をしていくうちに、反日感情の背後にある韓国人の心の傷が見え始め、それと並行して反日に対する葛藤が自然と解消されていきました。反日を悪だと決めつけずに、その原因を心の底から理解しようとした時、韓国では歴史や政治の問題が未だに生々しい現実の問題として捉えられているということを理解することができました。これは、地道で根気強い対話を続けなければ決して知ることができなかった部分であろうかと思います。韓国で韓国語を学び、韓国語で対話し、常に理解しようという姿勢でもってお互いに妥協せずに話し合う時間を得られたからこそ気付くことができたのだと思います。

 日本では、韓国に好意を持つ人ほど韓国の反日感情を否定する傾向にあります。謝罪を求める、被害者意識が強い、君が代や日の丸を嫌う、領土問題に過剰に反応する、愛国心が強い、反日意識があるなどというイメージは、韓国に対する差別的な偏見であると考えられます。そのため、韓国に好意を持つ人、韓国との友好関係を築きたいと願う人ほど、そのような固定観念を否定しようとするようです。歴史や政治などの問題を、両国の友好交流と切り離して考え、そうした問題に触れないことで友好を深めようとするのです。しかし、そのような態度がむしろ相手の心の奥底に存在する大きな傷を無視することになり、相互理解への道を閉ざしてしまうのではないのでしょうか。

 これは、相互交流をするにおいて決定的な落とし穴となり得ると考えられます。傷があるということを知らないために、むしろ友好の名のもとにその傷をあえて無視していたために、ふとした行動でその傷に触れ、それまでの関係全てを失う可能性が十分にあるからです。その傷について考えることを放棄し、その深さを理解しようとしたことも無い日本人にとって、相手の急激な感情の変化を理解することは簡単ではありません。そして、自らが固定観念だとして否定してきた韓国の反日感情を裏付けるような言動に接した時、それまでの友好や好意が裏切られたと感じ、友好交流それ自体に失望することも考えられます。そのような日本人の態度を見た韓国人が、日本人の理解の無さに怒りを覚え、日本人がこのような理解を続けているうちは友好関係を築くことができないと感じるのは当然のことでしょう。

 実際、日本の大学に留学した韓国の学生が、日本の理解の無さに失望したという出来事がありました。日本での韓国の留学生向けの授業の中で、教授がホワイトボードに君が代の歌詞を書きながら、15分に渡ってその歌詞の説明をしたという話でした。その中で、日本では帝国主義の反省から国歌の扱いにも慎重になっているということ、特に学校での国歌教育や国歌斉唱が問題とされているということを説明したようでした。韓国の学生は、その間、揃って窓の外を見たり机に寝たりしていたそうです。教授はそのような学生の様子に気づき、気分を害したなら申し訳ないと一言謝罪をしたようです。

 この事実だけ聞いた日本人は、敏感な問題ではあるかも知れないとは思いながらも特別なことではないと考えるのが一般的ではないでしょうか。しかし、韓国人の目から見ると、深く傷つき怒りを覚えて当然の状況だと言います。それは、占領時代に強制的に日本語教育を受けさせられた先祖の無念が自然と連想され、自国の尊厳やアイデンティティを踏みにじられた歴史が頭に浮かぶからだそうです。加えて、日本の国歌が帝国主義を連想させる歌詞であり教育の現場でも議論があるということを理解していながら、あえて韓国の留学生に対してその歌詞を説明するということは、その傷に故意に塩を塗るような行為であるとしか考えられないということでした。

 このように、韓国に存在する“反日感情”を認めないということは、韓国の人々の心に今なお刻まれている生々しい傷とその痛みそのものを否定するということです。それは、日韓関係を考えるうえで決して無視してはならない大きな問題を無視するということであり、相互理解への最も大きな障害になり得ると思います。このような辛い問題を直視することは決して簡単なことではありませんが、共に相互理解、友好の道を歩もうとするのならば、まずはこの部分から目を逸らさず真剣に考えることが必要であると考えます。

 もちろん、このような認識差の問題の他にも、両国のメディア、教育、社会制度など、考察すべき対象は尽きません。誤解を促すような偏った報道、自由な思考の広がりを制限してしまうような教育制度、母国語で得られる情報の偏り、そしてこのような問題を引き起こしてしまうそもそもの原因となる社会状況。しかし、これらの観点から事実だけを取り上げて考察した結果は、いくら正しい理論であろうと結局は独りよがりになりがちであり、相手の心には響かないのではないでしょうか。私は、これからの東アジアの協調と相互理解を考えていかなければならない人間の一人として、相手の心を理解しようとする意識を常に持ちつつ根気強く対話を続けていくという交流の形が重要であると考えます。

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