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交換留学プログラム

 

岡山で1年

 私がキャンパス‧アジア事業に志願した理由は、日本史を専攻する立場から日本の大学で日本史を学んでみたかったし、短い期間ですが、本ではなく、生活に”日本”を体験したかったからです。

 子供の時から周囲の環境のおかげで、私に日本は親しい国でした。そして、日本史を専攻した後、日本はもっと近い国になりました。そのためか、日本での生活が非常に新しいとか、思いと違う、ということはほとんどなかったです。電車やバスがソウルより不便だということを除けば、韓国での生活と違うことはほとんどなかったです。

 些細に違うという感じた点は署名より判子を使って、パソコンより手で書いて、レポートの基準が何枚ではなく、字数で、名前と住所を書いた時ふりがなが必要だくらいでした。そして、インターネット加入は韓国より簡単ですが、韓国の住民登録番号の代わりに携帯電話の番号で本人確認が可能することは少し驚いた部分でした。(高速バス切符を購入した時に携帯電話の番号だけ言ったのに名前を知ってびっくりしました。)。学校生活は韓国と違うことがあったが、適応が難しい部分はなかったです。

 もう、本格的に日本で生活しながら、私がしばしば考えた三つについて話しようとします。

 第一、生涯教育、あるいは生涯学習。韓国も日本も教育の中心は学生です。(私が知る限りは)両国の少し異なる点は、高齢者の学究熱です。様々な公開講座に行けば高齢者が大体でした。検定試験の補助監督をしたことがあるが、学生より年が多い方が多くて驚いたこともありました。高齢化社会だから当然だと思うこともできます。しかし、一方では生涯教育、あるいは生涯学習が定着していく過程と見ることが正しいだと思います。松山城と後楽園などの観光地に行けばおじいさんとかおばあさんがボランティアでガイドをしている場合をしばしば見えました。これも高齢化社会の一部とすることができますが、地域に関する勉強と健康が土台になければならないことと思います。

 第二、運動環境の造成。学父母の集まりの中に運動の集まりがあると聞いたことがありました。子供が入学しながら自然に始めると聞きました。韓国も学父母の集まりはありますが、主に会議とか懇親会のような感じです。高校生と大学生の部活動も韓国より活発なようです。私が知る限りは、韓国は運動を職業にしようする学生を除けば、運動部に加入する学生がほとんどいないです。すべての日本人が運動をするということではないです。運動をしたい人が生活の中に易くて運動をすることができる環境の造成が重要だと思います。

 事実、上のような部分を韓国に注意深く見たことがないので、現在の韓国の状況はよく分からないですが、最近では韓国のお年寄りたちも以前と違って、たくさん活動的になりましたとし、色々な運動プログラムも生じたとします。生涯教育と運動環境の造成は個人と国が発展して、元気になるために努力しなければならない部分だと思います。

 第三、地域と住民の関係。私は専攻のためか神社、寺、城、博物館などに関心が多いです。そのために周りの人々に行事と地域を推薦受ける場合がしばしばあります。今がないならいつ経験するかもしれないという思いに与件になる限り、見に通いました。色んなところ中に、吉備津神社と吉備津彦神社の祭礼、岡山神社の獅子舞、後楽園での能と備中神楽、京都の祇園祭、高梁の加茂大祭、市民会館での伝統楽器の演奏会と狂言、出雲神社の神在祭と姫路城の工事現場などが記憶に残りました。歌舞伎と相撲を見えなかったことは残念です。

 列挙したところを通いながら、色々なことを考えました。その中の一つが大体の行事に地元が一緒にすることでした。吉備津神社と吉備津彦神社の場合、祭礼が終わった後、地元と周辺を踏査しながら、短い時間ですが、説明を聞きました。彼らは自分たちが住んでいる地域の神社や歴史、文化に誇りを持って、外国人である私に多くのことを知らせてたいでした。岡山神社の獅子舞は地域の伝統保存会の公演でした。池田家の紋章も記憶に残るが、子供の獅子舞と演奏する子供と一緒に拍子を合わせたおじいさんの姿が印象深かったです。歌詞が知りたいという私に楽譜を与えて、喜んていたおじいさんの顔も。備中神楽も地域の伝統保存会の公演で、小さな舞台で熱心に公演する姿に、約一時間ぐらい、傘を持って立って公演を見ました。京都の祇園祭は前夜祭から最後まで一緒に歩きながら、私も参加している感じを受けた行事でした。老若男女が参加する行事で、直接に参加しない人々は参加者や観光客にお菓子と飲み物、果物などを配って挨拶をしました。日本を代表する有名な行事であるだけに、他地の人と外国人も楽しく参加できる雰囲気でした。本当に大変で行って見た高梁の加茂大祭は、地域の色々な神社が一緒にする行事でした。同じようだが、違う各神社の祭礼と行列を見ながら、文章で説明は難しいですが、‘ああ、日本文化なのか’と考えました。何か文章ではなく、生活の中で自然に文化を身につけるというか。そんな感じでした。

 ほとんどの公演、あるいは行事が主に年が多い方々が主体となって行われたが、その方々も、子供の頃から参加したり、見てきたのだろうです。幼い頃から自然に体験した文化が世代を重ねて受け継がれてきたのだろうです。

 地元の参加と地域文化の保存のために努力する姿が印象深かったです。ちなみに、これは地域社会の活性化とも関連があると思います。歴史と文化が生活と非常に密接はないとしても、少なくともかけ離れないようにすること。これが歴史を勉強する人に要求されるものの一つだと思っている私に有益な経験でした。

 最後に余談ですが、本とか論文で読んだものを直接に見て、読んだところを歩いてみた経験は、これからの勉強だけではなく、私が続いて日本に関心を持つようにする原動力になるだろうです。

 <ちなみに>

 私の生活のノウハウというか。これからのキャンパス•アジアの後輩に簡単に残したいです。

 第一、国内でも国外でも生活するところの地元と親しくなることが重要だと思います。同じ年齢の友達だけではなく、学校と家の周りの人々と親しくなれば親しみのおかげで、そして、色々な情報のおかげで、新しい環境に適応するのが易くなるからです。学校の掲示板や地域と関連のインターネットなどを積極的に活用するのも良い方法です。また、どこで、どのような情報を得るか知らないので、生活の周辺のあれこれも注意深く読んでみる必要があります。もし、自分の専攻とか感心分野と関連がある情報があれば参加してみるのもいいと思います。感心分野が同じ人に会えば人間関係も広がって、外国語で一言でももっと言う機会ができるからです。

 第二、生活しながら悪く感じられることもあると思います。そんな時、私、あるいは韓国と異なることではないか、まず考えてみる態度が必要だと思います。外国と自国が同じことはできないです。間違うではなく、違う心を持って生活することを願います。そうでなければ生活中ずっと不満が多いだろうです。特に学校生活で外国の大学が自国の大学と同じように願うのは、理解はできますけど、正しい態度ではないです。しかし、質問や提案することがある時は、遅滞せず、自分が直接に言わなければならないです。母国語で言っても誤解が生じる可能性があるのに、まして外国語はもっと誤解が生じることができます。

 第三、皆知っていると思いますけど、外国人の質問には、自分の考え、あるいは経験というものをはっきり言って、答えてください。すべての韓国人が同じ考えであるかもしれないという考えを外国人がしないようにすることも、外国生活をしている人が持つべき基本態度だと思います。そして、経験しなくて、何かに関する自分の(特に否定的な)意見を言うことは良くないと思います。周りの人が勧める時には(本当に嫌い場合を除けば)”一度やってみます。”という態度がいいです。

 最後に、学部生なら外国生活経験だけでも十分するかもしりませんが、大学院生なら自分の専攻、授業などを確実に考慮して、志願することを願います。

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