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百聞は一見に如かず

 今回のワークショップを総括するのであれば、すなわち“百聞は一見に如かず”という言葉に尽きると私は考える。情報化の進む現代社会において、我々はテレビや雑誌の特集や書籍、ネットワークを通じて、いくら日本から離れた外国の事情でも容易に手に入れることができてしまう。そのため液晶を見つめて満足し、外国へと一歩踏み出す好奇心を削いでしまう人も多いことだろう。しかし、例え百や千の見聞を集めたところで、それらは語り手の都合にあわせて都合よく編集された間接的かつ部分的な異文化理解の集まりにすぎない。むしろ液晶から顔を上げて、自分の目や耳、肌を以てその国を感じ取ることによってのみ、異文化と接触する新鮮な驚きと喜びを感じ取ることができ、そして真の相互理解へと通じる第一歩を踏み出すことができるのだと、私はこのワークショップを通じて実感した。

 私が自分自身の目で確かめるということの重要性を認識したのは、とりわけ韓国・釜山に滞在中のことであった。実質二日間程度の滞在であったが、その間に我々は三箇所の歴史博物館を訪れ、そして多くの日韓に纏わる遺跡や神社を巡った。そのフィールドワークを通じて私は次のことを理解した。すなわち韓国の歴史上において、日本との歴史、とりわけ日本による侵略や支配の記憶というものは、我々日本人が想像しているよりも遥かに大きな比重を占めている。そして日韓の歴史は、現在でも韓国の人々にとってはとても身近な存在として認識されて続けているということである。

 忠烈祠という神社を訪れたときのことだった。そこは文禄・慶長の役、すなわち豊臣秀吉が当時の朝鮮へと出兵した際の戦没者を祀る神社である。四百年以上も前の戦について、神社と資料館を備えた施設が用意されているということが、私にとっては既に軽い驚きであった。しかしそれ以上に興味深かったのは、その資料館の学芸員の方から、韓国人向けのガイダンスを少しだけお聞きしたときのことである。忘れもしない、学芸員の女性は背後にある釜山の城と、そこへ押し寄せる日本の船を描いた絵を指しながら、このような説明をしていた。

 「日本は何万人もの兵を連れて来ましたが、そのときの朝鮮の城には数千人ほどしかおりませんでした。全く突然の襲来だったために、戦う準備などできていませんでした。日本は見せしめのために、その朝鮮の人々を子どもや動物に至るまで皆殺しにしました。」

 この説明を聞いたときに私の胸に一瞬去来したものは、この説明が史実を過剰に脚色したものではないかという疑惑の念であった。例え四百年以上昔の出来事であり、かつ日本が朝鮮に侵攻したことは事実であるとはいえ、それでもやはり母国をあたかも血も涙もない国だと言われて、思わず否定したくなってしまったのである。しかし、根も葉もない愛国心からの否定は全く客観的ではない。とにかく私はこの学芸員の説明を、韓国、古くは朝鮮が受けた傷を反映した、誠の思いによる言葉なのだと考えるようにした。すると不思議なことに、その韓国側の歴史の説明を受け入れることによって、韓国という国の姿の見えづらい一部をすんなりと理解することができたのである。

 日本側にとって文禄・慶長の役は、高校日本史の一つの単語に過ぎない。しかし韓国にとっては、母国の受けた大きな傷の一つなのである。加害者は自分の拳が殴った頬を忘れても、被害者はその痛みを忘れないのと同じように、同じ出来事であっても受け手によって記憶のされ方は全く異なるのだ。どことなく、沖縄県民がアメリカ軍の侵攻によって受けた傷を、戦後六十年が経過しても大事に語り継ぎ続けているのと似ていると私は感じる。沖縄県民がアメリカ軍基地の動向に誰よりも敏感であるのと同じように、韓国の人々はその教育的素養として、日韓の政治に関しての感受性が日本人のそれよりとても豊かで、敏感なのである。そして時としてそれが攻撃的な行動へと表出する。韓国漁船が日本の巡視船に体当たりした問題や、サッカーのワールドカップでの韓国人選手の政治的アピールの問題などは今でも記憶に新しい。それらの過激な場面のみをテレビや新聞、インターネットを通じて目にした人のなかには、韓国は政治に関することになると途端にヒステリックな反応を見せ、短慮な行動に出てしまう、常識の欠けた国だと思った人も多いのではないだろうか。

 日韓の歴史とはその文字通り日本と韓国共通の歴史である。しかしながら、日本人と韓国人の間にある歴史認識の差、歴史への意識の差について気付いている人はあまりに少ない。そのため、我々は韓国というものを、その人を正しく理解できていないが故に、国ごと誤解してしまっている側面があるのではないかと思う。日韓の歩み寄りと共生を果たすためには、まず韓国の人々を、そして韓国というものを我々が正しく理解し、受け入れなければならない。そしてそのためには、自分たちの目と耳で韓国が持つ風土を感じ取ることが必要なのだと私は考えた。

 最後に、私の考えた“共通善”について述べたい。“共通善”とは日本、中国、韓国という三国を平和と協調のもとに集わせるための策であるが、私が発見したその最善策とは“相互理解”である。私は青島と釜山を渡っているうちに、この日本・中国・韓国の三カ国の間には、その物理的距離以上に大きな、相互理解のギャップが存在していると感じた。青島に渡る前まで、私にとっての中国とは、大気がどれだけ汚染されても構わず産業を発展させていく、強引な国だという印象があった。しかし、実際にその土地に足を踏み入れてみると、そこは並々ならぬ活気と商魂が満ち満ちた風土を持つ、人々がたくましく積極的に生きる国であると分かった。それと同時に、夜市や神社の周辺をうろつく老人の物乞いに会えば、大学生や若い女性であってもすんなりお金を渡してあげるような、深い道徳心を持ち合わせた国であることも知った。また、釜山を訪れる前まで、私のなかにあった韓国のイメージには美容と整形と芸能くらいしかなかった。実際、観光地でもある釜山はとても綺麗な都会といった雰囲気で、化粧品店が多く、東京や大阪と少し似た地であった。しかしそこの人々の心には、日本よりもずっと深く、日韓の歴史が刻まれていた。情報化社会が進展するにつれて、自分の指先一つで引き寄せることができる情報はますます多種多様になっていく。しかし、それによって養われていく想像や、形成されるステレオタイプと、実際に自分で感じ取るものはやはり全く異なっている。そのようなギャップがあると認識すること。その溝を埋めるために積極的に一歩踏み出そうという姿勢を持ちつづけること。すなわち三国の“相互理解”のために努力することが、三国の協調には不可欠であると、私は考えた。

  私は将来、中学校または高校の教員として働きたいと考えている。教員として後世に間違った偏見や思い込みを伝えないためには、まず私の中からそれを積極的に修正していかなければならないだろう。今回のワークショップは私の“相互理解”の第一歩として、今後はさらに主体的に中国と韓国へと踏み出していきたいと思う。

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